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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)8967号 判決

理由

一、原告主張の日ころ、被告会社代表取締役久保が本件手形を受取人欄を白地として原告に対し振り出したこと、及び二、三日後に右久保が個人の資格で手形保証をしたことは当事者間に争がない。

二、つぎに成立に争のない乙第一号証の一、二、証人の浜津勝治、姜栄召、林伊松の各証言及び原被告各本人尋問の結果(但し証人西原修治の証言及び原告本人尋問の結果はその一部)を総合すると本件手形振出の経緯は次のとおりであることが認められる。

1  元来原告は姜栄召の弟であるが姜は昭和三十二年二月ごろから林伊松及び原告と共に三和ダイカスト製作所という名称で自動車オートバイの部品製造の事業を営んでいた。右事業は姜の個人営業という形態をとり原告は右事業に九十万円を出資し、姜は建物及び製造機械等約六百万円を出資していた。ところが三和ダイカストは経営不振で多額の債務(約金四百万円位)を生じそのため昭和三十三年三月倒産した。そして姜の懇請により被告久保が約四百万円を出資し新に被告会社を設立しその代表取締役となり三和ダイカストの建物と従業員をそのまま引き続いて同一事業を営むに至つたが、三和ダイカストの前記債務を承継したわけではなかつた。

原告は被告会社設立と同時に運転手として同会社に雇われ、姜は取締役となつた。

2  ところで原告は姜に対しそのころから三和ダイカストの発足にあたり出資した金九十万円の返還を迫つたが姜に支払能力がないところから、被告会社代表者久保に対し、被告会社は三和ダイカストの債権債務一切を承継したのであるから、原告の前記出資金の支払義務があると主張し、右出資金の返済方を要求し、久保は被告会社は三和ダイカストとは全然別箇の会社であることを理由として、これを拒否し、右出資金の返還債務が被告会社にあるかどうかをめぐつて原告と被告会社代表者久保との間に紛争を生ずるに至つた。

3  久保は原告が被告会社の集金小切手を無断で他に持ち出したりして兎角勤務状況が不良であつたので同年五月二十六日原告を解雇するに至つたが、これが原告を硬化させ前記出資金の返済を更に強硬し迫るに至り、解雇直後被告会社の自動車を無断で持ち出し所在を二、三日晦まし、又自動車の部品や会社の帳簿を持ち出したり、会社の電話機をはずしたりして被告会社の業務を妨害したりした。右自動車は被告会社の盗難届により、大森警察署で捜査の結果同警察署附近に乗り捨ててあつたことが判明したので、被告会社は同警察署の諒解を得てこれを取戻した。

4  右自動車取り戻しの日の翌日である同年五月二十九日原告は非常に興奮して被告会社に来て、姜と共に居合せた被告に対し「商売の邪魔をしてやる、ただはおかない、商売を引きついだから払つても好いではないか。どうせ死ぬのだから身体を張つているのだ。」等と口走り、強く前記出資金の返済を迫つた。両者の問に立つて以前からその解決に苦慮していた姜は原告のこの気勢を見て手形でも振出さない限りはこの場がおそまらぬと考え、久保に対し手形上の責任は自分が負うから前記出資金の支払のため手形を振り出して貰いたいと口添した。

5  ここにおいて久保は解雇の前後を通じての原告の言動及び右原告の気勢からして若し手形でも振り出さない限りは原告のため会社の業務が妨害されるばかりか、自分の身にも危害が及ぶかも知れないと畏怖し、本件手形を振出すことを承諾し、本件手形のうち、振出人欄の被告会社代表者のゴム印及び名下の代表者印を押捺し、これを姜に渡し、姜において受取人欄を除くその余の部分を記載しこれを原告に交付した。

その二、三日後に再び原告の要求により、久保は個人の資格で手形保証をした。証人西原修治の証言及び原告本人尋問の結果中この認定に反する部分はたやすく信用し難い。

以上に認定した事実によれば原告の五月二十九日の手形振出当時の言動及びその直前の自動車の乗り捨て等の妨害行為はすべて久保をして畏怖させて、前記出資金の支払をなさしめようとの意図に出たものと見るのが相当であり、久保はこれら原告の言動に畏怖しても結果前記出資金の支払のため本件手形を振り出したことは前記のとおりであるから、本件手形は原告の強迫に基いて振り出されたものと言つて差し支えない。

もつとも姜が本件手形の責任を負うから振り出して貰いたい旨の口添をしたことは前記認定のとおりであるが、姜は倒産したばかりで当時手形金の支払能力のなかつたことは明白なことであるから、このような者の口添があつたからといつて従来から出資金の返済義務なしと争つていた久保がたやすく手形の振り出しを承諾するとは考えられないから、右口添の事実は本件手形が原告の強迫に基いて振り出されたとの認定をなす妨げとはなし難い。

又本件手形が原告から神農に譲渡され、被告会社が右手形金の内金二十五万円を満期後神農に支払つたことは当事者間に争がないが、これは被告本人尋問の結果によれば、神農が右手形により金二十五万円を原告に支払つたということであつたので手形の第三取得者である神農に迷惑をかけたくないとの配慮から支払つたものであることが認められるから、右手形金一部支払の事実を以て、久保が本件手形を任意に振り出した証拠とするわけにはいかない。その他原告の全立証を以てするも前記認定を動かすに足りない。

原告は被告会社は同年五月二十九日金九十万円を原告から借り受け、右貸金質務支払のため本件手形を振り出したと主張するけれども、その理由のないことは前記認定のとおりである。

三  ところで昭和三十四年二月四日の本件第二回口頭弁論期日において、被告会社は答弁書に基いて本件手形振出行為を強迫に基くことを理由として取消す旨の意思表示をしたことは本件記録上明らかであるから、これによつて本件手形振出行為は適法に取り消され被告らの本件手形金支払債務は当然に消滅したわけである。

従つて、本件手形が被告会社から適法に振り出されたことを前提とする原告の本訴請求はもとより失当であるから棄却。

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